イタリア
ローマ教皇の力が大きい、商人の力が大きい、国王の力は弱い
1849 マッツィーニがローマ共和国の成立を宣言→失敗
1850年代 イタリアでナショナリズム高まる
→国民国家と統一市場の形成がすすむ
諸国が分立→
による統一がすすむ
国王
首相
(近代化政策の展開)
1859 オーストリアに宣戦=
←フランスの支援
→ロンバルディア併合
1860 中部イタリア諸国併合
: 両シチリア王国を征服
→サルデーニャ王国に献上
1861 イタリア王国の成立
プロイセン=オーストリア戦争 → ヴェネツィア併合
プロイセン=フランス戦争 → 教皇領併合
しかし・・・「
」残る(トリエステ・南チロルなど)
歴史総合-イタリアの統一
※R2の授業プリントより
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