日露戦争と東アジア

rinsyan


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1.清と列強

日清戦争後、列強は競って清の権益を手に入れる( 権、 権、 権など)
(例)ロシア→遼東半島の (シベリア鉄道の建設のため)
    ドイツ→山東半島の膠州湾

清では、 が勢力を増す…扶清滅洋(西洋を排除し、清を救うという考え)を掲げた団体

年  にある各国の大使館を包囲、清の政府も同調
      →列強8か国の連合軍によって鎮圧
        …清は巨額の賠償金の支払い、外国軍の北京への駐留を認める


2.日英同盟

日清戦争後 朝鮮では、ロシアの支援で日本に対抗する動きが強まる
       年 国名を と改める

義和団戦争後 ロシアが を占領、韓国での日本の権益を脅かす
       → 年 

ロシアとの交渉に行き詰まり、国民の反感が強まる→


3.日露戦争

年2月 日露戦争が開戦(日本:軍事費拡大による増税、米・英の支援)

年1月 ロシア  →国内の混乱
     5月  らが圧勝するも、戦力限界

     9月 
       アメリカ: 大統領が仲介(ロシアを抑えるため)
       日本  : 外相
       ロシア :ウィッテ

       ⇒賠償金を得られず、国民の不満が爆発(増税、多くの死傷者)
        講和反対国民大会は暴動に発展(


3.日露戦争の国際的影響
 
 日本は列強の一員に認められる(→1911年 関税自主権の回復)
 アジアの民族運動に大きな影響を与えた

歴史
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初期議会と条約改正
日本の大陸進出と辛亥革命
日露戦争と東アジア
日清戦争
【一問一答】初期議会と条約改正