冷戦下の対立と共存
1950年代に入ると、アメリカ合衆国とソ連の対立は世界に拡大
①アメリカの対ソ連軍事同盟網‐北大西洋条約機構(
)、日米安全保障条約、太平洋安全保障条約
(ANZUS)、東アジア条約機構(SEATO)、バグダード条約機構(METO)など
・東ドイツの
回復、
が認められ、
に加盟
②ソ連の軍事同盟‐東欧諸国と
結成
③緊張緩和=「
」‐スターリンの死をきっかけにソ連は
政策を見直す
・
4巨頭会談(米・ソ・英・仏)
・フルシチョフによる「
批判」演説など、西側諸国との
路線
→コミンフォルム解散、日本とソ連の国交回復、日本の
加盟
・東欧ではソ連からの自由を求める機運
・中国では
がフルシチョフの路線を
し、中ソ関係は次第に悪化
④
建設‐東西ドイツの
の象徴的存在になる
第三勢力の台頭
植民地支配から独立したアジア・アフリカ諸国が第三勢力(
)をつくる
①
‐
、平和共存など、中国の周恩来首相とインドのネルー首相が発表
→アジア・アフリカ会議(
会議)における平和十原則に発展
②第一回
‐ネルー(インド)、ティトー(ユーゴスラヴィア)、ナセル(エジプト)ら
の主導で開催され、発言権を強めていく
米ソ両国は
への介入や軍事・経済
を通じて第三世界への影響力拡大をはかる
R3 歴史総合 冷戦の拡大と第三勢力
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