歴史総合-フランス革命(3)

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※R2の授業プリントより
ウィーン体制
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1814 ナポレオン流罪
    ↓
    混乱を鎮めるため、ヨーロッパ各国が話し合う
     •
      主導 オーストリア宰相
         によるヨーロッパの平和と秩序の回復
       ↓
      •革命前の体制の復活 = 復古主義
      •大国間の勢力均衡と協調
     → にもとずく(例)フランス・・・王政が復活(ルイ18世)

フランス革命・ナポレオン戦争
 ・国民意識のめばえと 建設の動き
 ・ の動き・・・国家統一や民族の独立を目指す
 ・ の動き・・・政治参加や自由な経済活動をめざす
 →ウィーン体制のもとで抑えられる

1830   ・・・国王の専制に対し、パリ民衆が蜂起
            →ルイ18世 退位
            自由主義的な王政へ→七月王政の成立
     ヨーロッパ各地に飛び火(ベルギー独立など)
     ウィーン体制動揺

     フランス七月王政・・・少数の高額納税者による制限選挙
     ↓
     普通選挙を求める運動の激化←政府による弾圧
     ↓
1848  
     臨時政府の成立 王政→
     ↓ 共和政の保守化 & ルイ=ナポレオンの台頭
     (皇帝:ナポレオン3世)
※ ナポレオン3世 → ナポレオン1世の甥
     ↓
     ヨーロッパ各地へ波及
1848 《オーストリア》 (ウィーン暴動)
            → 亡命 → ハンガリー独立運動
1848 《ドイツ》
  48~49 フランクフルト国民議会開催
1849 《イタリア》ローマに共和国 樹立
1848 《イギリス》 の高揚
     ↓
    ウィーン体制の崩壊「