日中戦争(支那事変)
日本の外交方針
・反共産主義、反ソ連
・1936年に日独防共協定を結ぶ(ソ連を仮想敵国)
→ドイツとソ連の情勢も日中関係に影響
の背景
・1937年
→
内閣は当初、戦争不拡大の方針→方針を変更し、華北へ派兵→上海で衝突し、全面戦争となる(
)
・中国は
を結成、内戦を停止
・同年、日本軍は南京を占領し、一般住民と捕虜を虐殺(
)
・1938年12月以降、戦時首都となった重慶にも無差別空爆(重慶爆撃)
・各地で日本人や植民地・占領地の人々が慰安婦として軍と共に行動させられた
ファシズムの対外膨張
ドイツの対外膨張
・ヒトラーがドイツ民族の「
」確立を唱える
(当方の諸民族を犠牲にして、ドイツの領土拡大を図る目的)
・ヒトラーは1938年に
を併合
・イギリスとフランスは
をとり、
でヒトラーのチェコスロヴァキア一部割譲の要求を認める
・ドイツは1939年、チェコスロヴァキアの全土を占領、解体
国際関係の変化
・日本軍(関東軍)は日中戦争を拡大しながら、1939年にソ連と満蒙国境で紛争を起こす(
)
→日本は惨敗し、北進(対ソ開戦)から南進へ転換
・1939年、ソ連はドイツに急接近し
を締結
歴史総合-学年末③
日中戦争と深刻化する世界の危機
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